元アイドルの本田理沙 バツ2で出戻り、地元・大分で大人気 大分県出身のアイドルといえば、今ならHKT48の指原莉乃だろうが、かつてはこの人、本田理沙さんだった。男性誌のグラビアでも大活躍した彼女、今どうしているのか。 「おはようございま~す。東京からわざわざ、ホント、ありがとうございます」 大分県中津市にあるノースFMのスタジオを訪ねると、栗色のロングヘアの本田さんに迎えられた。 「大分県北部をカバーするノースFMさんは、ワタシのホームグラウンドみたいなラジオ局なんです。だって、毎週月・火・水・木曜日の14時から16時の芸能と生活情報のバラエティー番組『本田理沙のマンマミーア!』と、水曜日19時から20時のグルメ情報番組『美酒処 本田』のレギュラーパーソナリティーをやらせていただいてるんですから。ええ、両方とも生放送。もちろん、プレッシャーはありますね」 ハテ、彼女は08年5月、写真週刊誌「FLASH」のグラビアで約11年ぶりにナイスバディーを披露。翌年には写真集やDVDを相次いでリリースし、都内の芸能事務所に所属して本格復帰を目指していたんじゃなかったか? 「そのつもりでした。ところが、直後に父が急死して、高齢の母が一人暮らしになっちゃった。それで3年前の2010年3月、長女の中学進学に合わせて中津に帰ってきました」 地元に戻った元アイドルを周囲がほうっておくはずがない。その年の7月から「本田理沙のマンマミーア!」が木曜日の番組でスタート。それが好評だったため、翌年4月から現在の編成になり、9月から「美酒処 本田」も始まった。 「今は大分市の芸能事務所にお世話になってます。タレントや司会業以外には、タレント養成スクール『TPET(ティーペット)』代表としての未来のアイドルやタレント発掘は、大きな仕事ですね。実はこの9月に小6が2人、小2が1人の音楽ユニット『Pinky Pitts』をデビューさせたばかりで。まだローカルアイドルですが、いずれはメジャーデビューさせたいと考えてます」 さて、彼女は86年に開催された「第1回ポカリスエット イメージガールコンテスト」をきっかけに芸能界へ。2次予選で落選(グランプリは森高千里)したものの、スカウトされた。本田理沙 「中学3年でしたから、卒業を待って上京しました。堀越高校進学に加え、衣食住すべてを面倒見てくれるって条件に飛びついちゃいました、ハハハ」 本田理沙 堀越高校2年の88年7月に「Lesson2」で歌手デビュー。 「当時は歌謡番組やアイドル番組がたくさんあり、デパートやショッピングセンターでのキャンペーンも多くて、曜日がわからなくなるくらい忙しかったですね。3万円の月給をもらい、その中から1万円を実家に仕送りしてました」 本田理沙 3万円!! ちょっと安過ぎるんじゃないの? 「千代田区内のマンションの家賃に3食の食事代、学費、衣服、アクセサリーに至るまでぜ~んぶ会社持ち。成人式には高価な友禅の晴れ着も作ってもらい、不満はまったくなかったですね」 また、ナイスな肢体と小悪魔的な笑顔が男性ファンの心をつかみ、97年の寿引退までに12冊の写真集を出した。 バツ2。実母、高1と小5の娘の4人暮らしだ。 「2回目も失敗したってことですね、フフフ。今は男よりも仕事。中津は福沢諭吉の出身地、空揚げに加え、来年のNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の主人公、黒田官兵衛が中津城の初代城主とあって、これから注目されること必至です。ぜひ遊びに来て、その際はノースFMを聞いて下さい」本田理沙
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